ビジュアルと超常現象
最近でも子供向けの超常本は少ないながら発行されているようである。
しかし!!、これらを立ち読みしても何か物足りないのである。
食玩と連動したような企画、アニメに似せたようなイラスト、いかがわしそうな部分の全くない文章。
これで今の子供は食いつくのだろうか?
いや、子供向けの本だけでない。
この間並木さんのUMAの本を買ってきたんだけど、写真や図版それに文章が妙に真面目で(チュパカブラを除く)、どうもしっくりこないのだ。
確かにその方が「リアル」という声もあろう。
しかし、私が期待しているのはそういう「リアル」なヤツと同時に「妙」なヤツも載っていて欲しいと言うことだ。
(カエル男が出ていたから並木さんの件は許してやろう)
そしてその「妙」なヤツにリアリティを与えるのが、今回注目したい「ビジュアル面」である。
例えばかの有名な「3メートルの宇宙人」、フラットウッズモンスターの「写真」にしてもアメリカの画家が描いたモノという説があるらしい(私は目撃写真と信じたい)。
しかし「作り物」であるにしてもあの「怪物宇宙人」は怖い。
その怖さ故1970年代まで「リアル」を保ってこれたのである。
我が日本においてもビジュアル的に超常現象を描いた人は数多い。
例えば水木しげる氏の妖怪だ。
ご多分に漏れず私も「鬼太郎」(第二期のアニメ化の再放送)で氏の作品に接したが、髪の毛の妖怪(髪さま)がヘリコプター(原作ではCH−21フライングバナナ、第二期のアニメ化ではCH−46バートル警視庁仕様)を襲っている「絵」には私は度肝を抜かれたものである。
あと南方にいる「ガマ人間」も普段は藁をかぶっているとかそういう所のリアルさに惹かれてしまった。
(もとは氏の別の短編に登場した妖怪だが、第二期の鬼太郎にネタが無くなったため登場。結果鬼太郎は主人公をちょっと突き放した第三者的な立場になり、独特の味が出た傑作)
氏の「絵」は当時の子供の馴染んでいた手塚治虫以来の「アニメ絵」ではなく、貸本時代から変わらない少し影のある絵である。
「子供の喜ぶ絵」ではなく「子供の怖がる絵」を持ってくる事も重要ではなかろうか?
リアリティといえば、故小松崎茂氏や梶田達二氏らの描いたプラモデルの箱絵がそうだ。
戦記物の挿し絵などをやっているこの人達の絵は「子供向け」のモノではなかった。
ノリとしては戦前から続く「空中戦艦」「多砲塔戦車」「潜水飛行艇」の血を引いていた。
絶対にそのまま組み立てて(あるいは手を加えても)箱絵のようにはかっこよく作れないであろう(きっぱり)。
しかし出来るモノはしょぼくても、子供は「箱に描いてあるモノができた」と「夢」を抱いている。
「存在しないであろうものにリアリティを感じる」
どこか「オカルトモノ」と共通点が見いだせないだろうか?
見いだせないって? 馬鹿者!!
そんな者におすすめしたいのがこのシリーズである。
なぜなに学習図鑑
小学館から発行されていたオカルト世界最強の図鑑(きっぱり)。
名目上は「子供の『なぜ?』『なに?』に答える」と言うことだったが、実際には子供に「なぜこんな絵が描かれているの?」「何なの? この絵に描かれているのは?」と思わせる為に作られたと思われる。
学習などと言いつつ、絶対に学校では教えてくれない事が多数載っていた。
小松崎茂、石原豪人、梶田達二、渡辺正美ら一流の挿し絵画家を何人も使ってバンバン描かせ、その絵を惜しげもなくガンガン使い、他社の図鑑あるいは現在の図鑑とは一線を画す出来となった。
その迫力有る絵は当時の子供達を不幸のどん底に陥れる程の多大なるインパクトを与えた。
実在の深海調査船が大ダコに襲われていたり、東京が氷漬けになったり、ライオンの群が列車を襲ったり、イルカが人類を襲ってきたりという絵は、アニメ調のイラストで描かれていても子供には何の不思議もない見慣れたモノでしかないが、リアルなタッチの「絵」となれば全くの別。
おまけによく判らない洋画のスチールがいくつも使われていたり、今となっては出所の判らない写真も多数存在する。
かなりの高額で取引されており、その存在自体が一つの伝説となりつつある。
しかし・・・しかしである。
このようなリアルな絵を誰もが描けるとは限らない。
資料として持っていて真似しようにも真似すらできない。
でもビジュアル的なリアル表現がしたい・・・誰もがそう考える所だろう。
考えないって? 馬鹿者!!
さて、そんな場合に生きてくるのが「リアルっぽい文章」である。
例えばある空想上の生物がものすごい吸引力を持っているとしよう。
「その生物は掃除機の何百倍もの吸引力を持っている」
これではダメだ、何か足りない。子供が想像できる範囲に無いのだ。
「その生物は東京ドーム一杯分のビールを3秒で飲み干す程の吸引力を持っている」
これだ・・・なぜ「ビール」なのかとかそういうことは考えるな、そういうものだからだ。
以前昆虫の本にこういう表現が出ていた。
「ヘラクレスオオカブトムシは人間の大きさにたとえると、砂利を満載したダンプトラック三台分を牽く力を持っています」
大人だと「何トン車?」とか聞いてしまいたくなるところだが、子供にとっての「ダンプトラック」はその子の見たことのあるダンプトラックなのだから、思い描けるだけでそれでいいのである。
2004年追加
さらに「超常現象のビジュアル表現」(特にリアルに見せる事を目的とする)について考えてみよう。
一旦「超常現象」から離れて、別のジャンル、今回は「リアルロボットもの」について考えてみたい。
このあたりそう詳しい訳でもないので、突っ込みはあるだろうが・・
例えば「ガンダム」の「ザク」(特に量産型)をリアルに見せているのは、「戦車のような塗装」だったり「兵器としての使われ方」だったりした。
敵側(つまりは主役であるホワイトベース側)にろ獲され、そこから主人公のアムロがデータのシミュレーションをする描写など、それまではなかなか見られるものでは無かった。
その後「リアルロボット」は形に戦車や攻撃ヘリみたいな要素を取り入れていく訳だけど、最初は「色と使い方」だった訳だ。
「ダンバイン」では「オーラバトラー」というメカが活躍するのだが、これは異世界に存在する生き物(まあ虫と考えて下さい)を素材にして、人間(地上人)の技術(電子機器のような要素)が加えられて作られたものだった。
墜落した異星人の円盤よろしく、地上に出て捕らえられた「オーラバトラー」がシャッターのついた倉庫のような中に入っている様子も出てくる。
非現実的なメカをリアルたらしめるには、同時に、対照的とも言える現実感ある(視聴者が現実社会で見ている)ものを見せなければならないのだ。
生物的メカといえば、米映画「インディペンデンス・デイ」で捕らえられていた円盤も「実は生物だ」という裏設定があるようだけれど、個人的にはこういうのは大好きである。
余談だが「スターシップ・トルーパーズ」の続編が作られるとしたら、やっぱり虫(敵!)の体を利用し、人間がコントロールするようにしたメカが出てきそうな気がする(まず作られないと思うが・・って書いていたらやっぱり作られるらしい。見に行くかは微妙だが)。
で、これがバイオテクノロジー的に作り上げた(「敵」の体のコピーとも言える)「巨人」をいわば「足かせ」をはめて人間が動かす「エヴァンゲリオン」にも繋がってくるのではないだろうか。
その少し前に「オーガン」(OVA)というのもあった。
異星生物なのだが、地球側で「量産型」が作られたりしている。
「風の谷のナウシカ」の巨神兵も生物兵器だったな。
これは「復活」させる過程の描写(と崩れ落ちていく様子)を入れたのが良かったと思う。
このパターンの元祖は「フランケンシュタインの怪物」なのかも知れない。
生物的なものとは違う流れに「宇宙人のテクノロジーを取り入れて地球人が作ったメカ」というものがある。
アメリカのUFO伝説を構成する要素にも、「墜落した空飛ぶ円盤のオーバーテクノロジーを取り入れて作られた航空機」というモノがあるが、これに近いといえる。
例えば「マクロス」はそれ自体が異星人の宇宙戦艦を「復元」したものであった訳だし(完成記念式典の描写もあり)、登場する「バルキリー」もまたF−14のラインによく似ていながら、オーバーテクノロジーを取り入れた産物であった。
「レイズナー」も異星人の持っていた兵器を奪ってきたものだった。
その技術を取り入れて地球側が作ったメカがちょっとへっぽこだったのも、ある意味リアルだろう。
あとどんなパターンがあるだろう・・・超古代のテクノロジー、いわゆるオーパーツか。
これには「異星人の技術」にも入るかもしれない「イデオン」(古代遺跡扱いだった)とか、「ガリアン」があるな。
忘れてはいけない、このパターンを最初に知ったのは「勇者ライディーン」だった。
ピラミッドから出てきたり、その後は毎回「人面岩」の中から登場するようになったりして(しかも動く前は金色に輝いている)、「ムー」とかいう単語も出てきてかなり怪しい感じが好きだった。
「ナウシカ」の巨神兵もこっちにも入るかな。
ただこのパターンは「量産型」が作られる例はちょっと知らないのだが。
あ、「エルガイム」の「B級ヘビーメタル」は結構「古代のテクノロジーを利用して新しく作った量産型」の出てくるパターンに近いかもしれない。
それはともかく、さじ加減を間違えてあまりに「リアルに」しすぎると弊害も出てくる。
つまり「面白くない」のだ。
このあたりは超常現象も同じ、あまりにリアルな「宇宙人」(人間型という意味ではなく)はやっぱり「面白い」存在ではない。
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