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今夜の番組チェック


超常現象とエンターテイメント
(時々下に文章を追加していきます)

エンターテイメントとは何か? すなわち「娯楽」に他ならない。
エンターテイナーとは娯楽を創造し、人に提供して(楽しんでもらって)利益を得る人である。
娯楽というと「お笑い」がまず思い浮かぶが、「驚き」や「恐怖」を提供したり「お涙」や「感動」を提供するのもエンターテイナーに含まれる。
ウォルト・ディズニー、手塚治虫、スティーブン・スピルバーグ、いかりやの長さんだってエンターテイナーである。
華やかなショービジネスが目に浮かぶが、草の根のようにがんばっているエンターテイナーだっているのだ。
超常現象とエンターテイメントの繋がりを考えてみたい。

矢追さんはテレビ番組のディレクターであるから、エンターテイナーである。
UFO研究家のように見えるが、知識は多くても「研究家」にはあてはまらない。
矢追さんの関わる番組を見ていると、「このように言っている人がいます」というような事を伝えるだけであり、自らCIAに乗り込んだりはしていないのが判る。
接触するのは得体の知れない人たち(元NASAとかネオナチとか)であり、確かに冷静に見て信憑性はない。
人によっては「ずるい」と言うだろうが、エンターテイナーとして「面白そうな事」を伝えているだけで、罪はない。
だまされた方が悪いという言い方もできる。
矢追さんは以前「視聴者に空を見せたかった」と言っていた。
そう、目的は超常現象の啓蒙ではなく、「見た人に空を見させること」なのだ。
やくざ映画がやくざの正当性を主張する為に作られるのではなく、見た人に「ちょっと大きくなったような気にさせる」為に作られるのと似ているだろう。
視聴者が矢追さんの手に引っかかり、空に目を向けたらエンターテイナーである矢追さんの勝ちなのだ。仕方ない。

Mr.マリックは「サイキック・エンターテイナー」である。
すなわち、超能力をネタに人々を楽しませる人である。
勘違いしてはいけないが、「エンターテイナー」であるからには、実際に超能力が使えなくても全く問題はない。
いかにも使えるように見せる。
人々はそれに対してお金を払っているのだ。
必死にトリックについて考える人、ただただ感心する人、人によって受け止め方は色々あっていい。
本当の超能力者の場合は、トリックの可能性の否定から見せ、100%その可能性がないと全ての人に納得させなければならない。
しかし「エンターテイナー」の場合は「超能力を使えるように見せた」先は、勝手ながら実はどうでも良いのだ。

飛鳥昭雄氏は「サイエンス・エンターテイナー」を名乗っている。
すなわち色々な物事(ここではUFOや予言、未知生物など)を科学的に解釈したように見せて、人々を楽しませる人である。
(正確には「サイエンスティック・エンターテイナー」とでも言うべきだろうが)
「サイエンス」とついているが「科学者」である必要はない。
「エンターテイナー」である事の方が大事で、実は見る人が見れば科学的には破綻していても、「楽しんでくれる人がいる」時点で飛鳥氏の勝ちである。
科学的に解釈したように見せるまでが仕事なのだ。
これはアニメや特撮に出てくるスーパーロボットを「科学的」に考えて文章を書いている人と一緒である。
飛鳥氏の解釈を信じるかどうかは見た人が決めればいい。
ここで重要なのは「見た人がどう解釈するかは自由とされている」点だろう。
ドリフターズのコントを見て「ワンパターンだ」という人と「待ってました」という人が、ともに否定されないように、飛鳥氏の解釈にも、色々な意見が自由に発言されなければならない。

以前「これマジ?」かなんかにオルドリン元宇宙飛行士が出演していた。
彼はエンターテイナーではない。
アポロ計画で月に到達(人類で二人目)した人であり、月面探査とそれに関わる実験を行った。
いわば「現実世界のヒーロー」である。
だから、「アポロ計画はウソ」とか言っている妙な男(おそらくエンターテイナー)が出て来るやいなや、自分がエンターテイナー扱いされていることに立腹してしまった。
とてもよく判る。
エンターテイメントの場ではエンターテイナーの方が圧倒的に「強い」立場にある。
アメリカには現実世界のヒーロー(元大統領など)をエンターテイメント番組に出演させ、茶化して笑いの対象にさせる番組が伝統的にある。
そのままではオルドリン氏の恥になってしまう。ひいては「まともな考え方を持っている人間」全ての恥である。
エンターテイナーと現実のヒーローは同じ土俵に乗るべきではない。
だからオルドリン氏はそんな番組に出演しなくていいのだ。

ちなみに日本のオカルト界には「アポロ計画は月に行っていない」説を支持している人はほとんどいない。
これには理由があり、もしそうだとすると「月面上で撮られた怪しい写真」は全て作り物と言うことで、「月面上に何かがいる」と書いている人の本が売れなくなってしまうのだ。
すなわち商売上の理由に他ならず、オカルト関係の人が逆に「アポロが月に行っている証拠」を提示する事態になっている。
「アポロが月に行っていない」はアメリカではいわば(笑えないが)定番ジョークであり、旗竿が揺れていたと発言したら、それを聞いた人は(つきあいで)笑うべきなのだ。
アポロ計画が中止になった理由は「ベトナム戦争に金がかかり、NASAに金が回らなくなった」からである。
夢のような計画が戦争などというくだらない理由で中止になってしまった。
そんな事情を知っているアメリカ人が、半ば自虐的に「あれはスタジオで撮影したのさ」というのが真相なのだ。



さて、大槻教授の場合はどうだろう?
彼は本来はエンターテイナーではない。
しかしエンターテイメントの場に出ることを自ら容認しているのは間違いない。
だから「すべてプラズマです」というエンターテイナーしか許されないような発言をしても、実際には問題ない。
大槻教授の「プラズマ」発言で「待ってました」と喜んでくれる人がいるかぎり、大槻教授もまた、エンターテイメントの場ではエンターテイナーなのである。
ただし、講義で「全てプラズマ」発言をするのは許されない事なので、していないであろう。
いや、ジョークとはっきりわかる場合は許されるし、私もそういうユニークな先生は好きである。

これが報道番組となると、事情が変わってくる。
報道番組ではウソや捏造は許されないものである。
(もう一つ、断定による判断も許されるべきではない)
珊瑚にイニシャルを入れた写真を「偶然見かけた」と報道したり、松本サリン事件の被害者を加害者のように報道したり、所沢ダイオキシン事件のように風評被害を起こす報道は許されるべきではなく、そのような報道を(何度も繰り返し)するメディアは報道機関としては失格である。
他に迷惑がかかるので、報道する行為自体をやめていただきたい。
あくまでも中立で公正であるべきで、特定の思想に乗っ取って行動してはならない。
しかし「永久磁石だけで回転するモーター」など、怪しい報道は後を絶たない。
これらはエンターテイメントの場では許される事だが、報道の場では許されないので、(極めて不十分ながら)後で謝罪が入ることが多い。

また、エンターテイメントでも許されない表現はある。
個人に対する悪意ある誹謗中傷は絶対にするべきではない。
「こういうふうに見ろ」という強制的な発言もしてはいけないし、安易なネタばらしも避けるべきだ。
(スタッフによる番組の解説本が時々これにあたる場合がある)
「なんちゃっておじさん」のスタッフによるばらしや、遠野の河童事件なども「やってはいけない」ことをした例だ。
「河童発見」と他のメディアで報道されたら、「黙っている」「知らんぷりしている」のがエンターテイメントの本来の姿だと思う。
モノを作ったら後は全て見る側に任せる。
出しゃばってはいけない。

エンターテイメントと「詐欺」はどこが違うのだろうか?
これは「見る側がウソだと納得して楽しんでいるかどうか?」だろう。
他でも言ったが「FBI超能力捜査官」や「霊能力者による除霊」などは「エンターテイメント」とは言えない。
藁をもすがりたい人から金を巻き上げる為の手段でしかない。
あくまでエンターテイメントは第三者的に見て楽しめるものであるべきだ。

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