あれはなんだったんだろう
その1 西大寺−奈良間にあるボーリング場
確か、あれはまだ京都市電が走っている頃。
小学校1年か2年の頃だと思う。
初めての家族旅行で関西に行った。
一日目が京都、いきなり梅小路に行きSLを間近で見てうれしかった。
後ろを走る山陰本線の普通列車を何かのアトラクションかと思っていた。
あとお約束のように京都タワーや寺院も見て、二日目の朝、
近鉄特急で奈良に向かった。が・・・・
その途中でなにやら怪しい物を見かけたのだ。
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近鉄西大寺−新大宮間に確かにそれはあった。 広々とした田圃は平城京の跡。 側面の壁には昔はボーリングのピンの形を使って 文字が書いてあったはず(ハロとか読めた)。 横に石碑のような物が並んでいた記憶もあるが、 それはもう少し西大寺寄りだった。 |
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何だろう・・・このオブジェは・・・ 恐竜、象、ペガサス、多分飾りだとは思うのだが。 これだけでも十分気味が悪い。 |
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これだ・・・ついにあった・・・ ボーリング場になぜ「手」なの? これを見たときとても怖かった覚えがある。 今はバイパスが通っているので近鉄電車からは 見逃してしまうかもしれない。 当時はあたりは全て田圃と平城京の遺跡だった ので、これがとても目立ったのだ。 |
その2 M市内にあった建物
今はもうなくなってしまったけれど、静岡県M市内にちょっと変わった建物があった。
屋根がピンク、壁が水色の洋館で、公民館みたいだった。
しかし、その建物には変なマークがついていたのだ。
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白黒(セピアに変換しましたが)でごめんなさい。 このマーク、どうも「がい骨」に見えて仕方なかった ものです。多分違うとは思うのですが。 この建物の仲間内での呼び名は 「ドクロの館」でした。 (確か永井豪さんのマンガのタイトルにも あった気がしますが・・・) |
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カラー写真を発見。 上の写真と同じ頃だと思います。 テレビアンテナがちょっと見えるので、 このころまだ現役で使われていたのでしょう。 |
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上とは別の物件で、「大仁のトトロの家」 と呼ばれていた場所です。 前から話には聞いていましたが、会社の 勤務先変更でご対面。 すでにこのときには人は住んでおらず、 土地も売ってしまうようでした。 現在更地になっています。 |
その3 首だけマネキンかかし
画像がなくて申し訳ないのだけれど、
田圃にマネキンの首だけのやつが
いくつもニョキニョキ生えていて
とても怖かった思い出がある。
その4 漢方薬の荷居屋
静岡県に住む人なら誰もが知っている店。
実は清水市内にあるらしい。
なぜみんな知っているかと言えば、
20年以上前の映像をCMで流しているから。
というか、CMの作成自体が1960〜70年代でしょう。
冒頭でじいさん(怖い)が薬をすりつぶしている。
(ちなみに現在は工場が完備しているらしい)
じいさんの動きはまるで何かに取り憑かれたみたいだ。
生きているのか? じいさん。
少なくとも1970年代にはすでにじいさんだからなあ・・・
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