円盤文学
もはやオカルトの世界に行ってしまった「円盤」達を
空想科学の世界に呼び戻す為の
ささやかな試みのページ
第六話:我らが円盤機
小学生の頃、私は科学クラブに入っていた。
5年生の頃、「お祭り」とも言える計画がクラブの顧問をしていた先生から切り出された。
それは「空飛ぶ円盤を作ろう」というものだった。
当時はまだ「UFOブーム」以前で、地方では詳しく知っている人などいない状況だったので、先生の話を夢中になって聞き、「円盤」を作ろうという事になった。
「円盤」の浮力は、まだイオンクラフトなどというものが知られる以前だったので、単純ながら気体に頼る事になった。
学校の中に夜店などに卸すヘリウムガスを扱う仕事の人の子がいたからという事もあって、いわば「ゴム風船をつめた円盤」という形になった。
その代わり円盤の形自体は、先生の持っていた目撃例の写真から正確に作ろうと決めた。
アダムスキー型やドーム型も考えたが、結局はそろばん玉のような形に落ち着いた。
大きさは直径3m、高さ2m程度、それでも小学生には巨大な円盤だった。
骨組みとして竹ひごを使おうという事になったが、近くの店では足りず、ホームセンターのようなものはまだ無かったので、隣町にあった問屋を紹介してもらう羽目になった。
表面はやはり銀色にしたいという事で、当時はまだ珍しかったアルミ蒸着のビニールを貼った。
これもまた、夜店関係の子に紹介してもらった訳だが、巨大なシートを巻で売っているのには驚いた。
しかし貼るときにはベコベコになってしまった。
お正月のタコの延長線のように考えていたのでそうなってしまったのだが、もう少し工夫できていたらと今でも思っている。
一番大変だったのはできあがった円盤を作っていた教室から出そうという段になった時だった。
作っている時はみんな気づかなかったのだが、これは廊下側のドアからは出ない。
当時の校舎の窓は大きかったので、これを外して出そうという事になったのだが、これが簡単には外れない。
老朽化していた事が逆に災いしたからだったろうか。
窓を外す際、ガラスをいくつか割ってしまった。
さらに「円盤」を出す時どうしても一部が当たる。
機体をきしませながらなんとか「円盤」は外に出た。
同時に外で見ていた「ギャラリー」から歓声が上がった。
最近は学校の行事で「熱気球」の実験をする所もあちこちにあると聞くが、そんな事のない時代である。
物珍しさは今の比ではない。
校庭に出た「円盤」にいよいよヘリウムガスが注入され、ふわりと浮き始めた。
考えていたのと違って、ガスの力が強すぎるのか、竹ひごの下の風船が押してちょっと妙な形になってしまっていた。
それでも浮き上がった事には違いはない。
見ている方が意外に思うほど、円盤は浮上していった。
少なくともその辺の高圧電線よりは高い高度を保っていた。
カメラを積んでいればみんなの様子が捕らえられただろう。
それがいきなり燃え落ちてしまった。
直前に「円盤」に対して上空から火花が飛んだという友人もいたけれど、私は見ていなかった。
ガスにヘリウムを使っていたので爆発にはならなかったが、外装はすっかり焼けこげてしまった。
落ちてきた時には大して燃えていなかったので、少し水をかけただけで火は消す事ができた。
誰かが
「本物の円盤が怒ったのかもしれない」
とまるでバベルの塔のような事を言った。
それから近所では「円盤が光線を放った」などという噂がひとしきり流れた。
第五話:ハクリョウの見たモノ
静岡県静岡市(旧清水市)三保にある御穂神社は妙な神社である。
その参道は本来近くの集落に向かっていそうな物なのだが、ここではなんと「海」に向けてまっすぐ伸びている。
その距離は近くにある三保飛行場の滑走路とほぼ同じくらいである。
伸ばした先に存在するのが「衣掛けの松」、天人の羽衣伝説を残している。
しかしそのすぐそばに、意味深な名前の石の祠がある。
その名を「羽車神社」という。
駿河資料や駿国雑誌という文書にまとめられた所によると、「羽車」とはオオクニヌシの作った輿であると説明されている。
オオクニヌシは渡来の神である「大黒天」と同一視される神様である。
大黒天はその由来はインドの凶暴な神なのだが、日本では願い事を叶える打ち出の小槌を持ち、因幡の白ウサギに傷の治療を教えるという技術と知識を持った神となっている。
この神様の作った乗り物が「羽車」という訳であり、「羽」という文字からも飛行する物と思われる。
駿国雑誌にはかつてこの海岸に小さな岩礁か島の様な物があり、天孫あるいは常世の神が降臨する際の目印のようなものだったとされている。現在の松はその代わりであるという。
つまり海の方から来た神様が島を目印に上陸、参道を通って御穂神社に向かうのである。
これは現在南方に伝わる「カーゴタルト現象」に似ていると考えると興味深い。
「カーゴタルト現象」とは、第二次大戦時にアメリカ軍が未開の島に飛行場を作ったあと、終戦で撤退したところに土地の部族の間で起こった「風習」であるという。
荒れた「跡地」をならして再び「飛行場」を建設、木で作った「飛行機」を降ろす行事を始めたというのだ。
もしも三保の件をこの現象に照らし合わせてみたらどうなるだろう?
という訳で今回の本編に入る(短いけど)。
その昔、この地にいたハクリョウという青年は、海岸を通りかかると上空に妙な物が沖の方に落ちてくるのを目にした。
それは一見御輿の様であったが、そのうち「御輿」は腕のようなものをのばし、そこから出た羽根が回転し始めた。
「御輿」は安定した飛行に入り、ハクリョウのいる海岸の方に近づいてきた。
やがて「御輿」は松林の向こうに降り立ち、中から天女のごとき「女性」達が現れた。
ハクリョウは知る由もなかったが、「女性」達は遠い所からこの「御輿」を載せたさらに大きい「船」に乗り、「ヒト」の住む土地を訪ねて旅を続けて来たのだった。
「女性」達は開放感からか、「御輿」の外にでると服を脱いで水浴びを始めた。
ハクリョウは「女性」達に興味を持ち、近づいていった。
「女性」達は驚いて「御輿」に戻り、飛び去ってしまったが、そのうちの一人が海岸に残された。
これも彼女らの計画の内だったのかどうかは判らない。
逃げ遅れた「女性」はやがてハクリョウの妻となり、子を宿し、しばらくは平和な時が流れた。
そして数年が経った頃のある日の朝、ハクリョウが目覚めてみると妻と子の姿がない。
思い出したようにハクリョウは海岸に向かった。
海岸にはあの「御輿」がまた降りてきていた。
あたりには誰もいない、もしかしたらあの中に・・・急ぐハクリョウ。
しかし「御輿」の羽根は回転し始め、再び空に舞っていった。
それからだった。
村の人たちがハクリョウを気の毒がって、「空からの使い」が再び降りてくる為の祭りを始めたのは。
これは私が高校生の頃思い描いた、精一杯の「宇宙考古学」である。
第四話:発掘資料
「間違いないんだろうなあ」
新人の探してきた文書に、私は疑ってかかっていた。
「なんとも言い切れませんが、サイエンスフィクションの類ではないようです」
神話や伝説に登場する未確認の飛行機械に関しての研究は、様々な形で行われてきた。
しかしいくら宗教系だからと言って、大学の研究室で行われるとは思ってもいなかった。
「こんなしっかりした図面がサイエンスフィクションに存在しますか? 仮に存在していたとしたら、かなり凝った作品の設定資料と思われます。その道に詳しい連中に何人も確認取りましたが、知っている者はいないんですよ」
「興奮する気持ちは判る。しかし我々のような者こそ冷静にならなければならないのだ」
「未発掘の作品がないかどうかは継続して調べてもらっています」
「映像作品とは限らないぞ、アダムスキーを知っているだろう」
「当然です。学校でも習いました」
私は思わず苦笑してしまった。いかん、彼は真面目なのだ。
「怪飛行船事件についても知っているだろう」
「はい、面白がって便乗して図を描いた人間も居るはずだから全てを鵜呑みにしてはいけないと」
「この図を見ると、その事件の物によく似ているようなのだが」
「しかし時代はずっと後です。すでに飛行機も一般に浸透した1960年の事件なのですよ、これは」
「船体に比べローターがずっと小型なのが気になる」
「おそらく実際の飛行に関わる機器ではないのでしょう、冷却用とか・・」
「計器類が当時の航空機に極似しているのは気にならないか?」
「それについては考えました。おそらくデジタルメータよりも耐久性があるのでしょう、あるいは相手方の文明に合わせたものかも」
「行く先の惑星の文明に合わせて、相手に理解されやすいように、異星人が自分の乗り物の機器を変えていると?」
「はい、もっと言ってしまえば『偽装』とでも言いますか、本来の技術をごまかすために・・」
「怪飛行船についてもそのような説を展開している人がいたようだな・・・」
「相手方に全ては見せたくないという理由もあると思います」
「つまり、目撃された飛行物体から文明を学び取られないように・・という気持ちが異星人にあるのだと君は言いたいのか」
「おそらくそうでしょう。しかし我々の仕事が無駄だとは思いたくありません」
「私だってそうだよ」
「この数多くの資料の中に必ずや、実際の異星人の宇宙船について書かれたものがあると思うのです。これはその中でも有力なものではないかと」
しかしこの図面からは、宇宙船と思われる物体の動力についての手がかりは、何ら得られなかった。
これは彼の言うとおり異星人による情報に隠蔽なのだろうか?
それとも今までに存在した多くの事件同様、作り上げられた物なのだろうか?
私は彼から借りたその本を閉じた。
ラインフォールド・O・シュミットという20世紀の人物が書いたという「体験記」だった。
西暦4239年、我々は未だ異星文明とは接触ができていない状況である。
第三話:恒星間飛行会議
男β「なんだってこんな所で考えねばならんのだ」
準備された小屋には電話すらなく、全く会議の内容にはそぐわないように見えた。
男θ「連中にかぎつけられるとやっかいですからね」
男β「電話番号を変えても無駄という事か」
男α「皆さん携帯電話の電源はお切りいただけましたか?」
男β「最初から持ってきていないよ」
男θ「同じく」
男α「皆さんにお集まり頂いて感謝いたしております」
男β「水くさいな、ずっと一緒にやってきたではないか」
男θ「面白そうじゃないですか、しかしなぜこんな会議を?」
男β「それは私が先に提案したのだ。今更ワープやワームホールでは誰も納得せんだろう」
男α「仰るとおり、机上の理論であることは一般の方々に知れ渡ってしまいました・・」
男θ「いつかは判る事だったんですよ。あくまでもフィクションの中の事だって」
男β「しかし理論としては大変便利だった、いや、だからこそいままで誰もがそれに沿って話を進めてきた」
男α「それが今となって問題になっているのです。いや、できるかも知れないという可能性はあるのですが・・」
男θ「ワームホールの存在するとされる場所に行って、ありませんでしたでは済まされないですからね」
男β「そこで話が終わってしまう」
男α「そうではなく、実際に恒星間飛行を行えなくてはならない訳です」
男θ「コールドスリープや世代交代形宇宙船というのはどうでしょう?」
男β「確かに現実的ではある、が・・・」
男α「そうです、もう一つ『日常的に』という条件が付くのです」
男θ「『一発屋』ではいけない訳ですね」
男α「そう、例えば『スターウォーズ』や『スタートレック』みたいに」
男β「確かに(笑)」
男θ「日常の世界で恒星間飛行が行える・・・か」
男β「ワープ理論はそれを克服するにはまことに便利なものだった」
男θ「・・・光速に近づけばその宇宙船の内部の時間はゆっくり流れるのですよね」
男α「それにも問題があって・・そもそもそんなに速い乗り物に乗れるのかという基本的な事とか」
男β「いきなりは無理だな。徐々に加速して光速に近づく事になるだろう」
男α「そして徐々に減速・・・そのような高加減速を行うのに化学的なロケットはあまり向いていない」
男β「根本的な問題として、光速に近い速度でも地球から一番近い惑星でも一年では行けない・・・」
男θ「数時間で行けなくてはならないわけですね・・・ひゃあ・・・」
男α「化学燃料以外の手段でも速度の問題はどうにもならないですからね」
男θ「ワープ理論の『空間をねじ曲げる』ってどういう事ですかね?」
男β「いや、出任せのようなものだよ。『空間をねじ曲げる』『別の空間を通る』なんかのはずみに出来そうな事ではないだろうか。そういう気がする、そういうモノなのだよ」
男θ「なるほど、異界のようなものなのですね」
男α「しかし、アイディアとして出過ぎたからな・・・エルドリッジとかバミューダ・トライアングルとか」
男θ「『ホワイトホール』や『スターゲート』もありますね」
男β「何一つ実現可能と思われる手段は無しか・・・」
夜は更け、会議は煮詰まっていった。
そこにいきなり小屋の戸を叩く者が現れた。
男γ「すいませ〜ん、先生いらっしゃるんでしょう?」
小屋の中の男達「・・・・」
男γ「開けてくださ〜い、原稿いただきに参りました〜、月刊ムータンの中村で〜す」
並のアイディアでは読者は納得してくれない。
まことに面倒な世の中になったものである。
第二話:わいら博士のうつろ舟レポート
野田元斎といえば幕末の頃の水戸藩お抱えの医師であり、一般には妖怪「わいら」の目撃者として知られている。
「筑波山の麓の村を訪れたとき、わいらがもぐらを食べていたのを目撃した」というその報告(追藻草子より)は、今では妖怪マニアにも相手にされないという可哀想な結果となっているが、実はこの人、当時「はらやどり」(「梅の塵」では「原舎浜」と表記されている)に漂着した「うつろ舟」(元斎の書物では「虚船」と表記されている)の事も同じ書物に残している。
漂着した海岸を任されていた小笠原越中守の報告を受け、水戸藩では調査の為に数名を派遣し、その中に漂着者の身体の調査を行うという名目で(実際には奇現象に詳しいという理由で有ることも示唆されている)元斎も入っていたというのである。
後に書かれた「梅の塵」「兎園小説」では「領主には知らされなかった」「そのまま海に帰された」となっているのだが、異国船の目撃事件の多かった常陸の国の海岸では実際にはそうはいかなかったようである。
漂着したという「虚船」は実際にはお釜型というより、「凸」という文字を曲線で構成した形をしており(羽咋でもこのような「光り物」が目撃されている)、全体が黒色で窓が周囲に四カ所あり、それぞれに格子が入っていており、それとは別に「天蓋」が上にあってそこから出入りできるようになっていたという。
「船内」は平らな床の上に敷物が敷かれたようになっており、菓子のようにみえる「食料」や水を入れた容器があり、一文字ずつ独立した神代文字のような「文字」が存在したという。
「舟」を調査しようとちょんまげの侍が所々しばってある紐を当てている(おそらく長さを測っている)図はなかなか面白いが、舟の下半分は結局開けることが出来ず、どのようになっているのかは判らなかったようだ。
気になる「宇宙人」であるが、美人女性型(?)であり、言葉は通じず、身の丈は高く髪は白っぽい、ロシア人のようだったそうであるが青いワンピース状の「着物」を着ており、後のジョージ・アダムスキーなどが「目撃」したタイプとの共通点があるようで興味深い。
元斎は気を使ったのか、この「女性」についてそれ以上には詳しく述べてはいない。
(医者なんだから突っ込んで調べて後世に残してほしかったねえ)
女性の持っていた「二尺四方の箱」であるが、「呪詛の道具」ではないかと元斎は記述している。
時々これを抱えたり、「調査団」に向けるなどの行動をとっていたのだが、実際には何も起きなかったという。
これについて現代のUFO研究本で「カメラではないか」としているモノがあるが、私はこれにくわえて「通信機」説も採りたい。現代における「カメラ付き携帯電話」(笑)と考えると面白いからだ。
「宇宙船」や「女性」がその後どうなったかは記述されていないが、このとき「お持ち帰り」したような記述はない。
女性の方は密かに取り立てられたか、あるいは失踪、死亡した可能性も考えられるが記録は全くない。
「宇宙船」を運んだ記録も存在しないので、もしかしたら「はらやどり」付近にいまでも埋まっているのかもしれない。
第一話:残された円盤機を求めて
言われた所でバスを降りた。
本当にこんな所にあるのかと思いながら。
目印にと聞いていたテニスコートはゲートボール場になっていて、
ボロボロになったトタン屋根が風にもてあそばれていた。
傍らには待合室のようになったバスが横たわっている。人の気配はない。
目的の「建物」はすぐに見つかった。
観測ドームを含めた三階建て。
二階には社紋となっている巴紋が見え、一部はラウンジのようにガラス張りになっていた。
その下は事務所とシャッターの降りたガレージのように見えた。
「ようこそ、お待ちしておりました」
ここ、花島航宙にはデモンストレーション用の円盤が、今なお二機残されているのだ。
社長の花島氏以下6名が、全員円盤機の3級免許を取得している。
「ここがいいでしょう。あとで円盤機を見に行きましょう」
二階ラウンジから裏にある施設を見下ろす。
不時着に備えた砂地の一角に、我々が「土俵」と呼ぶ準備用のコンクリート構造物があった。
折しも、いや私が来たからなのか、ガレージから引き出された一機が整備中だった。
「昔はねえ、軌道に出られるような大型機がうちにもあったんですけどね、耐宙許可が出ないもんで」
「どこかにまだあるんですかね?」
「日本にはもう無いんじゃないですかね。飛べるのは」
「・・・」
「パイロットもねえ、みんな引退しちゃったでしょ・・・円盤機ってのは消えていくばっかりなんだかね」
ここにある機体は小型機二機だけであった。
広告用、そして見せ物的に使われる為に残っているのだった。
「大気圏内用と言ってもね、モノはしっかりしていますよ。ADM-38V、当時のベストセラーですよ」
「F型とかG型は見たことありましたけど、飛べなかったです・・」
「うちにもあったよ、ソーサリアン社の社長が直々に売り込みにきてね、飛行機がやっと飛べるようになった頃に『円盤』だなんてさ・・・」
「ストレイス社長ですか! すごいですね」
「まだ元気ですよ。この間も来ましてね、うちでまだ使ってるって事で・・・あのカッコで」
「ジャンプスーツで・・・あれが宇宙っぽいってことなんですかね」
かつて円盤機はよく使われていた。
ロケットに代わり、衛星の整備や回収に円盤機を使用する会社が’70年代ぐらいまではあちこちにあったものだ。
円盤機で月や金星に行くという宣伝を兼ねた小説が流行ったりもしたが、それはオーバーで、あくまで地球周回軌道周辺でしか使えなかった。
「円盤なんてね、推進剤食うし、大気圏内では使いにくいでしょ。懐かしいって来てくれる人はいくらもいるけど、それだけじゃねえ・・・」
そう、もう日本ではここだけなのだ。
部品や推進剤が有る限りは続けるという事だが、経費の問題もある。
アメリカの保存機も、その多くは博物館の中だ。
「乗ってみますか?」
待っていた言葉だった。
整備場までは心がはやり、急ぎ足にならざるを得なかった。
ちょっとしたプラットフォームのような踏み台を登り、花島氏と僕は円盤に乗り込んだ。
日は既に向こうの山の陰に隠れていた。
中央のシート・・何かの機器のカバーを兼ねている・・の上に腰掛け、発進を待った。
やがてGを感じる事もなく、機体は急上昇していった。
太陽が昇り直すのがみえた。
<終わり>
ウンモ星人GOGO!! トップに戻る